時代の風「日本社会の生活習慣病」

  毎日新聞 5/21号  解剖学者 養老孟司

 副題は「原因究明には“辛抱”必要」 抜粋

 現代医学の難問は慢性疾患であり、急性伝染病ではない。新生児の死亡率は劇的に低下した。それが日本人の平均寿命を大きく伸ばした事は、周知の事実であろう。じつはここで病気の話しをしたいのではない。私が考えているのは社会問題である。

 社会にも急性病と慢性病とがある。…

 現代社会の多くの問題も、医学で言うなら、じつは生活習慣病ではないか。震災のような急性病には、それなりの手が打てる。ところが医学の場合と同じで、いまの人は生活習慣病が上手に扱えない。

 社会の生活習慣病とは何か。まず、広い意味の教育問題。いま話題の若年者の犯罪をそれに含めていいであろう。若者が昔と違っているとすれば、それは遺伝子が違ったからではない。遺伝子はそんなに短い時間では変わらない。…

 ここ半世紀以上を私は生きてきたが、その間の社会の変化はとんでもない、と言えるほどに大きい。たとえば私が子どもだったときは、テレビはなかった。いまの子どもは、日に6時間くらい、テレビを見ているという報告がある。私は、子どもにテレビを見せるなと言っているのではない。その影響を大人は十分に考慮しているか、ということである。

 なにもテレビに限らない。たとえば食物も違う。ダイオキシン、朝食をとってこない生徒の増加、飽食、飢えを知らないこと、数え上げればいくらでもあろう。…

 そうしたことが脳に影響を与える。心の問題という人がいるが、心とは脳の機能である。脳機能の生活習慣病が現代社会の問題ではないか、と言いたい。

 …研究生活に入って、子どもを観察し始めたとしても、その子どもが今の自分の年になる頃には、そろそろ定年が近づいている。つまり親子の関係である。

 医学で慢性疾患が残されているのは、話しが難しいからである。なぜ難しいのかと言うなら、多くの原因が絡んで、複雑だからである。それとは別に、もう一つ、大きな理由があると私は思う。今の人は、長い目で物事を見るのが下手なのである。急性病なら対処できるが慢性病にきちんと対応していく辛抱がない。…

 社会の生活習慣病の原因を知るには、今では特に嫌われる態度が必要である。何かというなら、努力・辛抱・根性であろう。子どもがテレビを長時間見ると指摘すると、じゃあどうしたらいいんですか、とすぐ反問する人が多い。…

 …子どもへの影響がどうであろうと、いまでは親はどうせ子供にテレビを見せておくに違いない。だからといって、テレビの影響にいつまでも無知でいいというわけにはいかない。それなら、いまから調査を始めなければいかない。そのために努力・辛抱・根性がいまの人にあるか、それを言いたかった。

 30年前なら、小学校2年生ができた辛抱が、いまでは6年生でなければ出来ない。それは客観的なデータとして示されている。それなら若者が変な行動をしても、それほど不思議ではない。

 テレビは生活の変化のほんの一例に過ぎない。生活習慣病の原因はどこにあっても不思議ではない。テレビのように一方で生活必需品になっているものが、他方では大きな負の影響を与える。そういうことがあっても、おかしくないはずである。しかしそれは、やっぱり「調べてみなければわからない」のである。

 

 養老孟司氏ほどではありませんが、私もちょうど半世紀生きてきました。毎日当たり前のようにテレビを見、コンピュータに向かっていますが、確かにものごころついた頃に較べると電化製品を始め、めまぐるしい変化をしてきたことに改めて気づかされます。

 現代の子ども達は生れた時からテレビを見て育っていますが、氏の言う通り、体や心にどのような影響があるのかといった研究はいまだなされていません。

 先先週、保護者の方々に以下のように、お話ししたところでした。

「アメリカでは子どもが普通に見る番組では乱闘シーンや殺される場面などは規制されている、と聞きます。日本では見たくないと思っていても、映画の予告などでいきなり怖いシーンが飛び出てくるのが現状です。

 テレビゲームで相手との格闘の結果を競うものがあります。現実には相手からの一撃で立てなくなってしまうかもしれないのに、何回打たれてもゲームをしている本人は、痛くもなんともない。どんなに打ち負かしても相手も立ちあがってきます。

 また、映像はよりリアルになり、バーチャルと現実が混同してしまったとしても、なんの不思議もありません。想像力が育っているのでしょうか。そうではありません。なぜならその映像を作り上げた見知らぬ人の脳裏にあるものを見ているにすぎないからです。つまり、作り手の世界に洗脳されているだけなのです。テレビを含め、人に危害を及ぼすシーンを見ることは子どもの心に影響を及ぼします。」

 体の一部に悪いものが出来た時手術で取り除くのは簡単ですが、生活習慣を変え地道にそれを遂行するのは、意志の弱い者にとっては至難の技です。でも、体に悪そうだと思った時点でその習慣を変える努力をしていく事が、最大の予防策であることは確かです。

 時代の変化が歴然としている今日、時代の流れに押し流されないよう我が子の未来をしっかりと見据えて、食生活を含む身近な生活習慣をみなおしてみませんか。

 

                      (文、福岡潤子)