遊びのルール(保護者用プリントから)

 

先日、ある教え子からはがきが届きました。そこには、「先生の本に書かれている遊びは、僕達がオムニパークや家で当たり前のようにしていた遊びですが、ゲームで遊ぶ今の幼い子ども達には特別なことなのかもしれません。」と書かれていました。

彼は1歳から通った子どもで、今は中学生になっています。声が聞きたくなってご自宅にお電話したところお母様がお出になり、「オムニパークに通っていた私達は、教室の行き帰りや何気ない生活の中で、当たり前のようにして来たことです。でも、本に書かれていることは、今の若いお母様方が一番知りたかったことかもしれませんね。」とおっしゃっていました。

話題が、あるテレビ番組での子ども達の話(一休さんのとんち。橋・端を、今の子ども達のうち何人が思いつけるか)になりました。ペーパーという目に見えるものにのみ目を奪われ、問題解決能力が育たない、昔話も読む時間がない、あるいは関心がないのは残念だと話しあいました。

 「IQ140の子どもが育つ遊びのルール」の第3章「身近な生活の中でできる遊び」に、「ケーキの切り分け」で育つ分数の概念という項目があります。その中で、身近なケーキや羊羹・ピザなどを切り分けるという実体験が分数の感覚を養う、ということにふれています。

 なかでも羊羹やケーキは立体の感覚を養う上で格好の教材だとご紹介しています。特に今の季節だと芋羊羹が固さからいってもぴったりです。

 普通の羊羹は切り刻んでもそのまま食べるしかありませんが、芋羊羹の場合失敗しても、料理(甘く煮た小豆をちらし、お惣菜として。お味噌汁の具として。てんぷらに。など)にいくらでも活かすことができます。

 まずは積み木のような形の芋羊羹を切るのに、どんな切り方ができるか考えさせてください。そして、寝かせてから対角線のように包丁を入れたら断面がどんな形になるか、絵に描かせてみましょう。正解してもしなくても、子どもは一喜一憂してくれると思います。

                -----------------------------------------------

この「遊びのルール」という本は、折り紙という大事な遊びが抜けています。実は、本が厚くなりすぎるのでカットしたのです。折り紙は一つの単元に収まらないぐらい、幼児にとって奥が深いと考えます。それは、形に関するセンスを育てるだけではなく、ほかの遊びに比べると、自由度が圧倒的に少ないからです。

折り紙を勝手に折ってしまったら、教える側の作ったものとまったく違ったものになってしまいます。また、数回折っただけのものはよいのですが、十何回と折っていかないと作れないものはざらにあり、それらをひとりで折れるようになるには、何回も根気強く折って手が覚えるぐらいに行なわないといけないからです。

折り方を学んでいる時も『ママが折っているあいだ待つのはいやだな』『ちゃんと見ていないと折れないけど、ほかの事をしたいな』『どうしてここでひっくりかえすの。このまま折りたかったのに…』『ああ、上手に折れない。こんなぐちゃぐちゃなのはイヤだ』など、心の中で様々な葛藤を行なっているとも言えます。

脳の活性化にはもちろんですが、このような心に打ち克つ心を育てる意味からも、その手助けとしての言葉かけをお母様ご自身が身につける意味からも、折り紙はお勧めです。一つ教えたら、その折り方を一週間はやらせてください。きっと、折る喜びを知らせることができると思います。

          -----------------------------------------------

おかげさまで、8月末発売されたこの本も一冊目同様売れ行きが順調だそうです。そればかりか、発売早々に、出版社から「代理店から海外翻訳出版の話があったので受けてよいか」という知らせがありました。

国は、韓国と中国、そして台湾です。韓国は、かねてより教育熱心な国であり受験がきびしいという現状があります。中国は国自体がどんどん少子化を計っている、その結果ひとりひとりをよりきめ細かくきちんと育てる必要があるという点で、私の本に興味を持ったということだと思います。

また、お国は違っても、幼児にとって「生活すべてが学習」であることはわかっていても、どのように学習させたらよいのか、具体的なことがわかっていないことがあげられると思います。

もともと中国は何千年も昔から試験の盛んな国です。また、少なからず儒教の影響を受けているという共通点を持つ国からのオファーは、ペーパー中心ななかでも、心を育てることが大事であると考えているような気がして、嬉しく感じました。

                                  福岡 潤子