礼   節  

護者用プリントから)

新年を迎え、あっという間に一月も中旬となりました。ここ数年続いた成人式の混乱も今年は少し沈静化したようです。しかし、インタビューに答える彼らの言葉の端々からはニートを生み出す土壌が感じられ、心から新成人を祝福する気持ちにはなれませんでした。かれらを反面教師としてなのか、小学生・中学生の間で将来の職業に対する関心が強くなっているのは皮肉なものだと感じます。

身近な職業を通し社会全体に目を向けることは社会の一員として生きていく上で必要不可欠なことですし、どの職業を選ぶかは自分らしく生きる上でも大事なことだと思います。

今年の3学期のテーマは働く人々です。子ども達に職人と呼ばれる方々についてもお話しすることになっております。そこで昨年末、ベネチアングラス職人・カメオ職人と直に触れるため、イタリアに行ってまいりました。本物の持つ素晴らしさに感動を覚え、行ってよかったと感じております。しかし、帰りの飛行機内で、思いもかけないトラブルに遭遇いたしました。

赤ちゃんのベッドを設置する場所にいた外国人の方たちが、設置をいやがったのです。しまいには「自分達をビジネスクラスに移動させないと騒ぎ出すぞ!」と言い、実際に十数時間お酒を手に入れ替わり立ち代り通路ほかで大騒ぎ。非常口の辺りは特に溜まり場と化し、最後列だった私たちは一番の迷惑をこうむりました。

もちろん、フライトアテンダンドの方たちが何度も注意を促してくださいましたし、我々も英語で「静かにしてください。」と言ったにも拘らず、静かになるのはそのときだけで、効果はありませんでした。一番私たちが驚いたのは、彼らが○○○という国のオーケストラのメンバーだったということです。

世界に出ると、個人であっても○○人として見られますし、見てしまいます。最近目にした新聞に、「○○○の倫理観の緩みは、キリスト教の戒律が日頃の生活の中でも厳しくなされていたという歴史的背景からきている。」と書かれていました。

イタリアのサンマルコ寺院でクリスマスミサを実際に体験し、生きた宗教に触れてきたところでした。が、このような歴史的背景は決して言い訳にはならないと感じております。人々に感動を与えるはずの方たちが、やくざのような行いを平気で行なうという事を目の当たりにしたのは残念なことでした。

グローバルという言葉が当たり前になってきている現代、日本の子ども達が国内外問わず、人に迷惑をかけないことはもちろん、周りの状況を判断できる子に育ってほしいと、今さらながらに胸に致しました。

                  福岡 潤子