卒園式・卒業式、日経キッズ+

  先週は毎日のように卒園卒業に関わる行事に出席。式に参加するたび、そこにいる子どもたちの成長に感動すると共に、ここまでの成長にかかった時間に思いを馳せるが多くなってきています。それは「目の前の姿に至る時間そのものが命だ」と感じるからです。


 著書に「子どもは生もの」と書きましたが、大人もまた日々新しい自分に生まれ変わっている、その積み重ねが人生そのものだと思います。


 教師という仕事柄、毎年3月に卒園・卒業、4月には入園入学という行事に立ち会う機会を得ます。式は子どもたちの成長に関わった人々の思い(愛情)を空気に表していると感じます。

 その思いを受け取ることの出来ない子どもたちの親は愛情を伝える努力をしてこなかった、あるいはその愛情の意味を理解してこなかったのではないかと思います。

 最近は自分とおそろいのブランド服を子どもに与え、着せ替え人形のように楽しんでいる親達が多くなってきていると言われます。事実、給食費は払わなくても高価な服を着せることに意義を感じる親を見かけます。

 そのように育てることでどんな人間に育つのか、自分のやっていることの結果に考えが及ばないのは問題です。約束事を守らず、ブランドものを身につけることに一生懸命になる子に育てるということは、極端な言い方をすれば、物質によってのみ自分の存在価値を見出す子になるということになります。たんにおしゃれを楽しめる子とに育つのではなく、ブランド品を身につけるためには援助交際もかまわないという子に育ってしまいかねないのです。

 オムニパークの修了式では、たとえ1歳児であってもいつもと違う空気を感じ、一生懸命証書を受け取る様子が見られました。それに引き換え、式に限らず、どのような言動がふさわしいのか分からないという空気の読めない人々の存在にがっかりさせられる今日この頃です。


 世界の人々は日本人に対し集団主義であることや勤勉で高い技術力があると評しているようです。が、あと10年もすれば外国人のこのような日本人に対するステレオタイプイメージがまったく変わってしまうのではと思います。


 先月取材を受けた内容(入学前に身につけておくべきこと)が、昨日(3月17日)発売の日経キッズ+に3ページにわたり掲載されております。図形のセンスや数の概念、自分を文字で表現することなどですが、なにより肝心なのは、表現すべき自分がいることです。

 単に衣服でのみ自分を表現するのではなく、何かの形を見て楽しい・増えたり減ったりしておもしろい・書きたいこと伝えたいことがあり文字にできた、と云った気持ちが根底にあることです。


 空気を読めない子どもたちには、日々の生活の中でそのような感動が無いのではないかと感じます。子どもの成長は親にとってなによりの喜びです。個人として素晴らしく成長することは、社会の一員としても立派に成長することを意味します。社会のルールを無視し、自分だけで満足することではありません。


 4月からはインターナショナルスクールの一室をおかりして東京校がオープンします。一人でも多くの保護者の方たちに「幼児教育とは」それを実践するための「親子のコミュニケーション能力の高め方」をしっかり身につけていただき、幼児との生活の楽しさを知ってもらえるようエネルギーを高めておかなくてはと思ったのでした。

                                             福岡 潤子