日本経済新聞 『強いものはこう育てる』

 

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 好きなことにはめっぽう熱心だが、厳しさ一本やりの指導には背を向けそうな若者。アジア大会で優勝した高橋尚子や、有森裕子らを育てた小出義雄氏(積水化学工業女子陸上競技部監督)の話しから、個性を伸ばす良い方法をさぐった。 

 氏はこれまで数々の世界レベルの女子マラソン選手を育て上げてきた。独特な人心掌握術や選手育成法を持っている。その基本は「人を見て法を説く」「育った環境も性格も性質も選手によってまったく違う。こうしろ、と命令すると、十人のうち二人は必ず腹を立てる。しかし、相手の特性に合わせれば、僕も選手も腹を立てない」。納得するまで動かない有森選手には、自ら一歩下がって対応する「師弟逆転型」、素直で指示を求める高橋選手には「熱血指導型」、鈴木選手へは「友人アドバイス型」。

 こうした指導法を実践する前提は、選手の個々の特性を正確に把握する事。そして指導者としてマメであることと、誉めて長所を伸ばすこととは大切。「欠点をけなし続けて生まれる信頼関係は無い」というのが、氏の持論。ほめ上手の背景は、氏の鋭い観察力。メモ帳に選手の練習内容や調子を事細やかに記録している。

「三菱総研の石塚主任研究員は、「企業の管理職でもほめ方の下手な人が多い。その理由の多くはコミュニケーションの不足。部下の特性を理解していないと、ほめ方もわからない」と、指摘。このほか、練習に常識破りの試行錯誤を繰り返すのも小出流。「一九五二年のヘルシンキ五輪で三冠を取ったザトペックの記録は、十年以上も前に日本の高校生でも破っている。つまり百年先の練習を先取りできれば、誰にも負けない」というわけだ。

 リクルートの「とらばーゆ」の河野編集長は「従来、日本の男性会社員は仕事への考え方が比較的均質で、組織化もしやすかった」「女性の仕事への意識が多様だったが、これからは男性も様々な考え方を持つ。これを前提に、多くの多様な個性をいかに生かすかが組織の競争力を決める」と言う。個性を大事にし、ほめ上手で常識にこだわらず、忍耐強く選手の長所を伸ばす。小出氏が選手との信頼関係を築く秘訣は、時代にマッチした人材育成法にあるようだ。

 

 これを読むと氏の育成法は、そのまま幼児教育・子育てにも当てはまると感じます。大人と違い性格が形成されつつある状態の幼児ですが、持って産まれた気質の違いがあります。

相手により指導法を変えるきめの細かさは見習いたいものですね。我が子を前に、ついついこちらの言いたいことばかり言ってしまいがちです。まして一人一人の個性に合せて対応を変えるのは大変難しいことです。日頃からコミュニケーションをとる努力をし、相手が何を思っているのか知る努力をすることからまず始めてみましょう。こちらの言っていることを分かってもらうためには、幼児が相手でも伝えたいことがしっかり伝わるようコミュニケーション能力を高めておくことが不可欠です。 

 小出監督は指導者として自らのやるべき事を行ない、信頼関係を作った上で選手にやらせています。選手に合わせるだけではなく、しっかりと先を見越した練習方法を、選手に実践させています。つまり友人のように接していても選手と監督という秩序が崩れているわけではないという事です。相手を尊重する事と、相手を全面的に受け入れ自分を合わせる事とはまったく違うことなのです。小出監督は選手の持ち味が最大限出る練習方法を探り、選手は課せられたメニューを着実にこなしていきました。もし小出監督に、監督としての手腕が無ければ、どんなに選手の指導法が上手でも結果に結びつく事はないのです。

 その意味から母親や教師も、相手に合せるだけではなく、常にどのような刺激を与えるか最良の方法を考えたり自分を磨くことの必要性を、改めて感じないわけにはいきません。

                       (文、福岡潤子)


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